翌日には風邪は治っていた。
でも、僕は学校を休んだ。
太陽に会うのが怖かった。
あの夢で見たことが僕のしたいことなんだとしたら、太陽には会わない方がいいと思った。だけど、きっと太陽はまたウチに来るだろう。
佐伯さんにLINEしてみた。
『今日、これから行ってもいいですか?』
『どうした?』
『ちょっと相談したいことが・・・』
しかし、佐伯さんはお仕事の出張で移動中だった。佐伯さんのマンションに逃げよう、と思ったけどだめだった。
『じゃあ、取りあえず相談に乗ってもらってもいいですか?』
すると、佐伯さんからLINE通話が来た。
「相談ごとならこの方がいいだろ」
確かに文字にするよりも話す方が早い。僕はあの夢のことを話した。
「そうか。君は夢で見たようなことを実際に太陽にするんじゃないかって不安なんだ」
佐伯さんの声の向こう側で、かすかに車の音が聞こえている。
「まぁ、そんな感じです。太陽とこういう関係になってから、僕はおかしくなってきてるんじゃないかって不安でもあるし」
「君は、自分をちゃんと理解しているか?」
(僕を理解しているかって? どういう意味だ)
スマホをベッドにおいて、ハンズフリーにして通話を続ける。
「君は自分がどSだって気付いてるんだろ?」
佐伯さんに言われた。少しスマホの音を小さくする。
「僕は別に・・・ちょっとはSかも知れないけど」
電話の向こうで佐伯さんが少し笑った。
「太陽は間違いなくどMで、あれだけのどMはそうそういないと思ってた。そして、君はあいつに匹敵するくらいのどSだよ。つまり、対極の存在だ」
「まさか・・・」
「君が太陽とやって興奮したプレイ、思い出してみなさい」
(太陽の穴に手を入れた。乳首に針を刺した。鞭打った。おしっこ飲ませた)
「どうだ? 普通のプレイじゃないだろ」
その通りだ。でも・・・
「あれはなんていうか・・・その場の雰囲気みたいなので」
「違うよ。最初から君はそういうプレイに決して消極的じゃなかった。自分は手を出さないとか言いながら、腕を入れたし針も刺したしな」
僕は何も言えなかった。
「世間体だとか常識だとかモラルだとか、そういったものを全部取っ払って、純粋に君は太陽をどうしたい?」
「僕は・・・」
あの夢を思い出す。
「太陽を鞭打って痛めつけたいか?」
何も言えない。
「太陽を逆さ吊りにして、苦しめたいか?」
何も言えない。
「君自身の手で、太陽を殺してしまいたいか?」
そんなことない、と言おうとした。でも、言えない。言葉が出て来ない。
「そう思うこと自体は別に悪くない。思うだけならね」
「でも、僕は、あいつに会ったら・・・」
「思うことと実際にやるということは全然違う。妄想と現実の違いだよ」
だけど、その差がどんどん縮まっている気がする。
「太陽に会うべきだと思う。会って、あいつを虐めて発散しなさい。会わずに妄想が高じれば、いつかそれが爆発するかも知れない」
「太陽を発散の道具にしろってことですか?」
「ああ。恐らくあいつもそれを望んでる」
確かに、会わなかったらこの妄想がどんどん膨らんで、もっと凄い夢を見て、そしていつか、僕の中の爆弾が爆発してしまうかも知れない。
「一度、現実の中で、君の気が済むまで太陽を虐めてみれば、恐らくすっきりするんじゃないか?」
なんだかその通りのような気がする。でも、僕の気が済むところってどこなんだろう・・・
「また、ウチか、八重樫さんのところでやってもいいし」
「はい、少し考えてみます」
そう言って通話を終わらせた。
しばらくそのことを考える。やったら限界を超えてしまうかも知れない。でも、どこが限界なのか分からない。そもそも今までそんなに傷付けるようなプレイはしていない。せいぜい腕を突っ込むか針を刺すくらいだ。いや、普通はそれで十分だろう。でも、僕はあの夢を見た。つまり、僕にとっては十分じゃないってことかも知れない。
(僕の気が済むまで、か・・・)
太陽の様子を見ながら、太陽がもう無理って思うところまでやってみて、その時僕がどう思うのか。もし、もっとやりたいと思うようなら僕は太陽以上に危ない奴なのかも知れない。ここまでのプレイなら楽しめる、と思ったら、太陽と同じレベルのどSなんだろう。そこまで出来なかったら、僕は佐伯さん達が思ってるほどのどSじゃないってことだ。
(試してみるしかないのかな)
取りあえず、それしか思い付かなかった。
案の定、夕方になったら太陽がウチに来た。
「熱とかはないんだけど、何となく体だるくて、念のためにね」
適当に嘘を吐いた。
「昨日の今日だからね。無理しない方がいいよ」
太陽は、普通に友達として心配してくれる。
「昨日、オナニーした?」
唐突に僕は聞いた。昨日、僕は太陽がオナニーするのを禁止した。
「してないって」
太陽はそう答えた。でも、正座で座り直してもう一度答えた。
「してないです」
まぁまだ1日しか経っていない。
「オナニーしたい?」
すると、太陽は少し考えて答えた。
「ご主人様が元気になって、虐めてもらえるまでしたくないです」
佐伯さんとの会話を思い出した。
「だったらさ、次にするのって、ちょっと先でもいい?」
「ちょっとって、どれくらい?」
僕は考えた。
「たぶん、1ヶ月くらい」
太陽が僕を見つめる。
「今まで、あんまりちゃんと調教って考えずにしてきたからさ・・・ちゃんとどういうことするのか考えてみたいんだよ、それまでに」
太陽の顔が輝いた。
「それって、本気で俺を調教してくれるってこと?」
「僕がどこまで出来るか、太陽がどこまで出来るか確かめてみたいってこと」
太陽が真顔になった。
「分かりました、ご主人様」
僕に頭を下げる。
「それまではオナニーしません」
そんな太陽をまたかわいいと思ってしまう。僕の太陽。僕の奴隷。僕の物。そして・・・
「太陽は僕の所有物だからね。体も、心も・・・それから・・・全部」
「はいっ」
一番大切なことが言えなかった。
一番大切な、太陽の命も僕の物だってことを。
あの夢を思い出した。
それからしばらく、僕はネットでいろんなSM動画を見たり、SMについて調べてみた。
そして、その中からやってみたいことをリストアップしてみた。出来そうなこと、実際には出来なさそうなこと、その他いろいろ。最後にその中からやりたいことに印を付けた。
それを佐伯さんにメールで送る。佐伯さんからの連絡は翌日の夜だった。
『やっぱり諒君はどSだな』
LINEでそう言われた。まぁ、僕もあのリストを作ってみてそう思った。
『いろいろ準備しないといけないから、八重樫さんにも聞いてみるよ』
『よろしくお願いします』
これで後は準備が出来たっていう連絡を待つだけだ。
「佐伯さんに準備してもらってる」
学校の屋上で、太陽に話した。
「なにをしてくれるのか、聞いてもいい?」
しかし、すぐに手を突き出して言った。
「いや、やっぱりいい。言わないで」
「その方が興奮するんでしょ?」
太陽はうなずく。
「でも、いろいろと出来るかどうか分からないこともあるから、実際どうなるかはやってみないと分からないよ」
「うん」
そして、一つ気になっていることを聞いてみた。
「もし、もしだよ。いろいろ考えてみたんだけど、それでも太陽は満足出来なかったら、その時はどうする?」
太陽は屋上のフェンスにもたれ掛かった。
「俺は、諒君が好きだから」
太陽が言った。
「満足出来なくても?」
「きっと諒君が頑張ってくれると思うから」
つまりは、僕次第ということだ。
「それでも、満足出来なかったら?」
「う〜ん・・・」
ちょっと太陽は考えた。
「うん、やっぱり頑張ってくれないと」
「だから、それでもだめだったら?」
「そうだなぁ」
「僕じゃなくて他のご主人様探すとか?」
すると、太陽は真顔で僕を見た。
「そんなこと考えてるの?」
僕は何も言わない。
「だめだよ。俺は諒君じゃないとだめだから」
僕も太陽の顔を見る。僕等は真顔で見つめ合った。
「だから、太陽が僕に満足出来なかったらどうするのかってことだよ」
太陽が少し考え込む。
「一緒に終わりにするかもね」
そう小さな声で言った。
「俺は諒君じゃないとだめだから、諒君が俺のご主人様じゃなくなるっていうのなら・・・終わらせるかも」
僕は唾を飲み込んだ。
「それって、つまり・・・あの爆弾を破裂させるってこと?」
「かもね」
はっきりとは言わない。でも、太陽はあの爆弾を使って、僕と一緒に人生を終わらせるって可能性があるってことだ。
「だから、信じてる。ご主人様が俺を満足させてくれるって」
僕の前にしゃがみ込んだ。
「ね、しゃぶらせて」
僕を見上げて言った。周りには他の生徒が何人もいる。
「ここじゃだめだ」
(やっぱり、太陽は他の奴等はどうでもいいんだ)
改めて、怖い奴だと思う。だから、ここで断ることは出来ない。
「トイレ行こ」
太陽は嬉しそうな顔で立ち上がった。
学校のトイレで僕の精液を飲んだ後、太陽は僕に抱き付いてきた。
「諒君、どSだから大丈夫だよ」
僕の耳元でささやいた、
「だといいんだけど」
そう言って、ズボンを引っ張り上げた。
「っていうか、僕はどSじゃないよ」
そう言うと、太陽はわざとらしいびっくりしたような表情をした。
「なんでみんな、僕はどSだって言うんだよ」
「気付いてないの、諒君だけだよ」
まぁ、実は僕も気付いたんだけど。
「俺はちゃんと知ってるから。諒君どSだって」
また抱き付いてきた。
「俺を虐めるとき、楽しそうな顔してるよ」
「そんなことないって。そんな変態じゃないし」
僕は反論する。けど、ひょっとしたらホントにそんな顔でしてるのかも知れない。
「だから好きなんだよ」
そして、僕の首筋にキスをした。
「俺のご主人様は諒君だけだよ」
少しだけ・・・ほんの少しだけ、太陽から逃げ出したいと思った。
しばらく経ったある日の夜、八重樫さんから連絡があった。
『来週の土曜日でどうだ?』
僕はもちろんOKする。
『なにをするのかは全て君が決める』
『はい』
一応、やりたいことはリストアップ済みだ。本当に出来るかどうかは分からないけど。
『必要な物があったら言ってくれ』
八重樫さんが言う。ただし、それには条件があった。
『プレイを撮影させてもらうお礼だから、遠慮は要らない』
それは、八重樫さんの希望というよりも、城戸さんの希望だった。
『結局、僕等以外に誰が来るんですか?』
『私、城戸君、佐伯さん、今宮さんが来るよ』
つまり、最初に太陽に連れられて佐伯さんのマンションに行ったときのメンバーとほぼ同じ、椎名さんがいないだけだ。
『分かりました』
『撮影されるのは恥ずかしいか?』
あの時、結構見られた。だから撮影されてもそんなに恥ずかしいとは思わないだろう。むしろ・・・
『大丈夫です。もう見られたし、別に恥ずかしくはないです』
『そうか』
『それよりも、なにかあったら助けてもらえる人がいるから心強いです』
『なにかありそうなこと、するんだな?』
そのつもりだった。僕に出来るかどうか分からないけど。
『はい』
少し間があった。
『覚悟を決めたようだな』
どの覚悟のことだろう、と思う。僕はいろんな覚悟を決めた。その中には僕の人生が終わるかも知れない覚悟もあるし、太陽の人生を終わらせるかも知れない覚悟もある。二人とも人生が終わる可能性だってあるし、もちろんこれから先もご主人様と奴隷でいられる可能性だってある。
でも、どの可能性が一番高いのかは、やってみないと分からない。
『はい』
僕は答えた。
その日のうちに、太陽に来週の土曜日になった、ということを告げた。
「僕がやりたいことをやる。いいよね?」
「うん、もちろん」
「太陽にとって気持ちいいかどうかは分からないよ?」
「うん。俺はご主人様の物だから」
そして、一つ尋ねた。
「野球部のときのユニフォーム、まだ持ってる?」
「うん」
「じゃあ、それ持って来て」
「分かった」
通話を終える。ベッドに仰向けになって、頭の横にスマホを放り出した。
(ついに)
どきどきする。でもこのどきどきは太陽としたときみたいな興奮したときのどきどきとは全然違う。
(ホントにいいのか?)
もう一度考える。
(ホントに出来るんだろうか)
目を閉じる。
(まぁ、今は考えないようにしよう)
考えないなんて無理だと分かっている。絶対眠れなくなりそうだ。
(打ち合わせしておかないといけないかな)
僕が作ったリストを思い出す。あの夢を思い出す。
「太陽・・・」
小さくつぶやいた。勃起したちんこを握った。
(ごめんね)
目を閉じた。
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